子供のケンカについて思うこと

今日の記事は子供のケンカについて思うこと。
これは一人の父親として勝手に考えていることであって、「社会的にどうだ?」とか「問題定義」的なものでもなく、自分の思考整理記事です。

他人が読んでもきっとなんの足しにもならないと思うのでご了承を。



まず、僕自身は子供の頃父親に言われて来た事があります。

「ケンカなんていくらでもしろ」

ただし条件があって、それは以下の3点
1.弱いヤツに手は出すな
2.女には手を上げるな
3.自分から先に手を出すな

つまり「ただの乱暴者にはなるな。ただし売られたケンカは買え」と言う事ですね。


早くに亡くなってしまったのであまり長く一緒にはいられませんでしたが、強くて優しい男だったと記憶しています。
この考え方は40歳が見えて来た今でも僕の中に根付いていて、それが変わる事はありません。


まぁ人間なんて不完全なもので途中途中で粗暴な感じにはなってしまうワケですが、1と2だけは確実に守ってきています。3は...ね....ごめんなさいね。



でだ。

子供のケンカ、つまり自分の息子にもこの考え方は伝えています。
「ケンカはいくらしても構わないけど、3つの条件だけは守れ」と。

ただこの考え方は社会的に認められることではないらしい。
一般的ではないと言うことなのかな? 正直よくわからない。


世の大人は「手を出す前に話し合え」って言うよね。

そりゃあ話し合いでカタがついたら平和だわ。

だとは思うけど、現実はどうだ?
突然攻撃してくるヤツなんかどこにでもいる。
ウチの息子だってしているかもしれない(信じてやりたい所だけど自分の過去を照らし合わせて)


当事者同士の話し合いで物事が全て解決するんだとしたら世界中で今もしている戦争はなぜ起きる?
毎日、世界中の裁判所で行われている裁判は?

と...話が逸れましたねスミマセン。

えーと、だ。
もし急に蹴りを入れられたとして「話し合おう」とか言うか?普通。

もう遅いよ、ケンカは始まってんだ。
そこで尻尾丸めたら舐められて終わり。
売られたケンカは買えばいい。逃げずに徹底的にやればいい。
その結果何か大きな問題が起きたとすれば、保護者としての責任は取る。


「その状態から話し合うのは無理だろう?」と言えば「周りの大人に相談しろ」と言う。
それさ、いわゆるチクリだよね?
子供の社会では絶対的に嫌われる行為だし、余計に舐められるんじゃないの?
逃げてチクるのが男としてカッコイイかと言えば、あんまカッコよくねぇな。って思う。
※そうしなければならない人やタイミングももちろんあると思うよ。


ただまぁアレだ。男ってのはカッコ付けてナンボだろ。
※女から見るとしょうもない事らしいけど、男にとっては大事なことだ。

徒党を組んで少人数相手にケンカするヤツ、道具持ってケンカするヤツ、女に手を上げるヤツ、弱いヤツに手を出すヤツ、急に先制攻撃をするヤツ。
どいつもこいつも男らしくない。クソだせぇ。

やるんなら正々堂々、正面からやればいい。
だせぇ真似はするな。


やられたら痛い。
やったほうも痛い。

勝ったら嬉しいけど微妙な気持ち。
負けたらもちろん悔しい。



こーゆーのをね、力の弱い子供のウチに経験して欲しいと思うんです。
相手の痛みを知るには自分が痛い目にあってみないと分からない。
人間の創造力なんてそれほど豊かではないんだから。

やってみて、お互いの痛みが分かった上でこそ本当に相手を思いやる人間に育つんじゃないかなぁ?と思うワケです。

社会的にどうだこうだは知らないけど、オレは息子に人の痛み(身体・心どちらも)をリアルに知る大人になって欲しいと思う。
分かるからこそ思いやれる人間になって欲しい。


だから誰にどう言われようと、息子が卑怯な真似をしていない限りケンカごときでオレが息子を叱ることは今後もない。





【posted by 角掛 健志
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